先日、マッキーこと槇原敬之さんが、覚せい剤取締法違反などの疑いで逮捕された。

今回で2度目の逮捕である。

僕は、彼の逮捕でショックが大きかったことと、マッキーを擁護するわけではないが、自分はマッキーに救われたことがあり、今回のことで彼を完全に否定することがどうしてもできない事があるので、それを語りたいと思う。

 

自分は、とあるコンサート会場の施設管理業務を行う仕事をしていたことがある。

色々なビッグアーティストを見てきたが、ライブ開始直前での舞台袖での様子は皆様々だ。

黙って集中している方もいれば、直前まで談笑している方もいる。かと思えば、開始ギリギリまで自室の控室で待機し、袖に登場するアーティストもいる。

マッキーの場合は特に印象的だった。

彼と同行しているスタッフだけでなく、施設管理のスタッフまで、会う人すべてに「宜しくお願いします」と丁寧にあいさつし、緊張しているであろうサポートミュージシャンたちにリラックスさせようと肩を揉んであげたり、激励や冗談など交わしライブ開始直前まで声掛けを続けていたのである。

その時自分は、とある先輩スタッフと人間関係でギクシャクしており、非常に辛く当たられていて、その指示は仕事とは関係ないだろうと思えるような私怨による理不尽なことをされていた。

いつもなら、舞台袖での待機場所は、アーティストの邪魔にならなければ何処にいても大丈夫で、むしろ何かあればすぐ動けるように緞帳を上げるオペレーターのそばに待機しないといけないのだが、アーティストからならともかく、その先輩からも自分が何処にいるのか分からないような、まったく光があたらない、よく目を凝らさなければ、その場所に人がいるなど気づかない隅に待機させられていた。舞台裏はとにかく暗いのだが、モノを立てかけられるような場所だったので通常そこには人は立たないのである。

僕は待機しながら、”観に来てくれたファンに喜んでもらうため、アーティスト達に気持ちよくライブをしてもらい、無事故でライブを終えてもらうのが裏方である自分たちの仕事なのに、なんでこんな思いで仕事しているのだろうか”と悶々としていたその時、なんとマッキーが自分に気づき会釈をしてくれたのだ!

この人は何処まで周りを見ているのか!周囲への気遣いや感謝の気持ち、彼が長年ファンに愛される理由が、素晴らしい楽曲のみならず、彼の人柄にすべて込められており、一流のアーティストは流石に違う!と、僕は感動に包まれその後気持ちを切り替えて仕事をさせてもらった。
マッキー本人からしたら当然の事であり、別に声をかけたとか、そんな大それたことではない。でも自分にとってあのタイミングでの何気ない会釈は自分の心を救ったのである。並みのアーティストなら絶対に気づかないぐらい、自分にとっての神対応だった。

 

僕はマッキーの周囲への対応を手本にしたいと思うし、あの時の感謝の気持ちを忘れていない。

当然、覚せい剤は罪である。しかし、自分は鬱になって、世界がどうなってもいいと自暴自棄になっていた時期がある。その時にもし、覚せい剤が目の前にあったら絶対に使用しないとは断言できない。

人はそんなに強くはない。特に感受性の強いアーティストや芸能人は、光が強い分、闇への落ち方も半端ないのだ。

そんな弱みに付け込み、人の不幸で商売をする反社会的勢力を絶対に許すことは出来ない!
使用者は当然罪であるが、それを勧めるものは悪魔としか思えない。

これでまた一人、才能あるアーティストが社会から抹殺されるかもしれない。本当にやるせない気持ちでいっぱいだ。

間接的ではあるが、恩人のマッキーを心から見守り、再びアーティストとして皆に出会える日を待ちたいと思う。

 

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